生徒が書いたメッセージを海外に送り,返事をもらい,
伝える喜びと実用感を得る活動の中で和英辞典を活用する事例
2013年6月取材
田中圭一郎先生(千葉県柏市立西原中学校)の授業実践
- ・英和辞典だけでなく,「和英辞典が手元にあれば,できることがたくさんある」という発想
- ・辞書を使った活動,ではなくて,活動に辞書が使える,というほうが自然で長続きする
- ・生徒の見えないやる気を引き出すために
○ゴールを定める
○生徒の共通の体験をシェアさせる
○読み手を具体的に設定することで「通じた喜び」「実用感」を得させる - ・英語の学習とは?という,イメージの共有が大事。私にとって英語の教師のイメージとは,「ALTとのコミュニケーション」のモデル
生徒が提出したノートを読む田中先生
■英和辞典だけでなく,「和英辞典が手元にあれば,できることがたくさんある」という発想
今までは英和辞典で指導する,という発想だけだったが,和英辞典が手元にあれば,できることがたくさんあるのに気づいた。新しい教科書は表現活動が多く出てくる。ひながたがあって自分の意見をまとめやすくガイドされているが,やはりボキャブラリーがないと言いたいことが言えない。語彙レベルのことであれば生徒に和英辞典を引かせたほうが早い。そのため,まず英語教室に和英辞典を揃えていつでも引ける環境を整えた。生徒はわからないことば・身近なことばを自分から引いていき自然に近付いていった。その上で年間の活動を定めた。
■辞書を使った活動,ではなくて,活動に辞書が使える,というほうが自然で長続きする
「あれはなんて言うの?」と思ったときにぱっと辞書を引いてみる。それをきちんとまとめていけば,自分が使った単語,引いた単語は英和でも和英でも定着すると思う。
■生徒の見えないやる気を引き出すためのしかけ
年に数回のゴールを設定,授業の中で書いた文章を外国へ持って行き,同じ年ごろの生徒に読んでもらうんだよ,と宣言した。2012年度での2年生のテーマは,林間学校の体験と,グリーティングカード。
生徒が写真やイラスト入りで作成した文章を,海外の生徒たちに読んでメッセージを書いてもらい,それを授業でフィードバックする。生徒たちは読んでくれる人がいることで,「自分の言いたいことを伝える」意欲を大きくした。そして,読み手から来たメッセージで,「通じた喜びと実感」を得た。実用感って大事だと思う。伝えたいことを自分のことばで書くのはいちばんの醍醐味。英語って,使えるんだ!そのために文法などの習得が必要なんだ,と気付くこと。それを大事にしたい。
■語彙を広げる表現活動と和英辞典
いちばん肝心なのは語彙力が英語も日本語も落ちている,ということだと思う。中学生がふだん使わないことばは日本語でも意味があいまい。それでも「自分で調べなさい」ということばなしでも子どもは動く。こつこつと辞典を引くことをしていたら,和英辞典,国語辞典,英和辞典…と辞書を横断的に自然に使うようになってきた。あえて言うと,わかる英単語しか引けない英和辞典には限界がある。これにこだわらないことで飛躍的に発想が広がってきた。
たとえば,「林間学校」という宿泊体験をテーマにすると,幅の広い単語に出会うチャンスが増える。さらに,生徒同士の共通の体験だからシェアリングができ,お互いに気付き,確認する,ということが生まれてくる。コンテンツがある,意味のある表現活動をさせてその中で和英辞典の使い方,必要性に気付かせていきたいと思った。
■総合的な言語の学習になるように
6月に体験した林間学校での宿泊体験を直後に4時限を使い,写真・イラスト入りでまとめ,オーストラリアの生徒に渡し,メッセージをもらった。生徒にとってはまとまった英文を書く,ほぼ初めての体験。自作の「英作文ガイドシート」を和英辞典と共に活用。
■完成までの流れ
1, 2時限め:
日本語でのマッピング後,ラフに英語で書く。1人1冊の和英を要所要所で使い,与えられた時間でスピーディに行う。この時点で,辞書の引き方がまだわからないことに気付く。語彙を単語レベルで調べることができていない。また,「文の組立てにまだ問題がある」ことも見てとれたので,ここで生徒が書いたものを見て「よく話題にしているな」「使えるな」という表現をピックアップして「英作文ガイドシート」として紹介した。
3,4時限め:
さらに自分で書ける内容をふやしてゆく。ALTに質問もし,これが会話の練習にもなっていった。ALTは「伝わる程度」に英文を直し,生徒は清書して絵や写真を入れて仕上げていった。
■まずは使いたい表現をひろって辞書を身近にする
この段階では,おもしろいと思い,たくさんの表現に触れることが大切。agricultureという語も,今は覚えているかはわからないがそのときは辞書で一生懸命調べていた。この時期では微々たるものかもしれないけれど,リアルな体感をもとに使ったことばは,将来きっと実となってくる。
文の構成は,topic 1, topic 2, conclusionのそれぞれを2行埋めようね,と指示。なかなか自力では埋まらない子は「例文写していい?」と言ってくる。結果,行的には埋まったがほぼ同じ文章になったものがあったが,それでもいい。
■オーストラリアからのフィードバック
「オーストラリアで日本語を教えているオーストラリア人の先生」に託し,生徒が書いたレポートの一枚一枚に,現地の生徒から感想を書いてもらった。日本語で書かれたコメントもあり,「あちらでも(日本語という)外国語を学んでいるんだ」ということに気付き,ちょっと安心もする日本の生徒。
■2度目の活動は自信を持って
Season's Greetings ――「新年のあいさつの活動」として,年末に2時限で書いた。相手はタイの小学6年生。外国語として英語を学んでいるという,日本と同じ状況。
決まり文句やいくつかの選択肢は渡したが,もう「英作文ガイドシート」は不要。自己紹介(年齢,部活など)を加えたり,自由に構成していった。教師とALTのチェックは一応受けるが,間違いを恐れず書いていった。「伝わればOK,受け取る側もおんなじ土俵!」の相手ゆえに,自由な活動のときにチェック入れて立ち止まると,委縮する。「わかればOK」「通じる」ということが特に会話のときには大きな励みになる。
タイの学校に郵送し,「バレンタインカード」として返事が戻ってきた。イラスト,写真,無邪気なことにメールアドレスやFacebookのアカウントなども満載(!)。色とりどりのカードに生徒たちは夢中。実際にメッセージを発信し,それが返ってきた,通じたんだ!と体感できる瞬間。
■通じた実感を持ち,進歩した子どもたち
2年生のときに2回のみであったが,この活動を行った生徒たちは今3年生。「想いを伝えて,フィードバックが必ず自分たちに来る」ということがわかり,英語学習のモチベーションが非常に高くなった。4月,新しいALTに自己紹介を書く,という課題を出したときはたった1時間で,辞書を使って一気に書き上げた。この流れの中で育っている子どもたちは,辞書の使いかたもスピーディーになり,単語レベルで調べてつなげることがわかってきた。学んだ文法を参考にスムーズに長い文も書けるようになっている。
和英辞典にしろ英和辞典にしろ,辞書を使える土台が彼らはしっかりしているから,これからますます,秋以降も受験勉強と併行して,「誰かに楽しみながら伝えよう」という場を用意しようと思っている。そして,数値にできない肌感覚が公教育の中で身につけられれば,本格的な英語学習の前には十分だ,と言える。
■「英語学習のイメージ」を与える
「英語の授業には辞書は不必要で教科書の巻末単語集だけでいい」という人は,授業をそういうイメージでとらえているんだろう。極論すれば教科書だけ勉強すればいい,というような。でも,英語の学習とはなんですか?というイメージの共有,が大事だと思う。私にとって英語の教師のイメージとは,「ALTとのコミュニケーション」のモデル。
ALT と教師の会話をあえて生徒に見せる。世間話でもなんでもいい。つたなくったっていい,使っている姿を見せる。それが子どもたちが習得している会話のモデルとなると思う。そこに生きてくるのが辞書を使うということではないだろうか。ことばは人と人をつなぐもの,そこにツールとして辞書はぜったいに近くにあったほうがいい,使うものだ,という感覚も与えていかないといけない。
■人の善意をつないで気持ちを世界へ
最後に,「生徒の作品を海外へ送り,フィードバックをもらう」ということについて。私は今まで,ALT,自分の知り合い,などいくつかのつてを使った。人の善意によるものだけれど,年に数回であれば,そんなに難しいことではない。人と人との関係,頼りにされている,という感覚は日本人でもだれでも同じ。人の善意をつないで世界のどこかの人に気持ちを伝えて,それが返ってくる。それを生徒たちは自分の目で見て感じて,育ち,高校・大学へ進む。